この本は、「アキレスとカメ」を含むゼノンの4つのパラドックスについて、俗書が論じてるその論じ方に対し、批判的検討をするものだ。例えば、「アキレスとカメ」は、ご存じのように「のろまのカメが、足の速いアキレスよりもちょっとでも早く出発すれば、アキレスはカメには追いつけない」というもの。多くの本では、無限等比級数の和の公式を使って、「追いつく」ことを示し、このパラドックスを打破した、としている。けれども、吉永さんは、そういう方法では打破できていない、と打破を打破している。

まず、吉永さんが主張するのは、「ちゃんと原典を読め」ということである。オリジナルでないものに対して打破してもそれは打破ではないだろう、というわけだ。オリジナルの文は、次のようなものだそうだ。

走ることの最も遅いものですら最も速いものによって決して追い着かれないであろう。なぜなら、追うものは、追い着く以前に、逃げるものが走りはじめた点に着かねばならず、したがって、より遅いものは常にいくらかずつ先んじていなければならないからである。 アリストテレス「自然学」

吉永さんは、このオリジナルの文章の中に、いくつか注目すべき点がある、と指摘している。第一は、どこにもアキレスやカメの「速度が一定」などとは書かれていない、ということ。第二は、どこにも「永遠に追いつかない」という「時間」に関する言及がない、ということ。第三に、さりげなく「点」ということばを入れ、ユークリッドが「原論」の中で「点とは面積がないものである」というイデア的な定義を与えた、その定義に立脚していることを匂わせていること。

その上で吉永さんは、無限等比級数を使った打破が、打破になっていないことを論じる。実際、全く同じような数理モデルでこのオリジナルの文章に適合するものを作り、「追いつかない例」を具体的に与えている。もちろん、これは「永遠に」追いつかない例だから、トンチ解答とかでは全くない。ぼくもこれまで聞いたことのない反駁方法で、とても感心した。これ以上書くと、ネタバレになってしまって、せっかくの吉永さんの功績を邪魔してしまうので、その「打破の打破」は本を買って読んで欲しい。